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Re: おおnickさん、

 投稿者:nick  投稿日:2006年12月 7日(木)16時52分20秒
返信・引用
  > 加茂岩倉に行ったときも思ったのですが、遥拝する対象が神社の現在地以外にあって
> 古代の社というのはそれを仰ぎ見るだけの施設ではないのかなと思ったりもします。
>
> この神社の場合、本殿・拝殿の背後の延長線上にそれらしきものはあるのでしょうか?

この神社の南方は海(錦江湾)です。
今は国道が走って干拓地が広がって高速道路まで海の方に出来ていますが
古代は波打ち際に神社が。
その前は、噴火で隆起した島にあったようです。
ご神体は多分「桜島」ではなかったかと。
また、ここからは霧島連山もよく望めます。

実は鹿児島神宮もその気配が取れます。
今は境内は江戸時代の杉が林立していて展望が期待できませんが、
南方には噴火する桜島が泰然と控えています。
また参道まで出ると霧島連山もよく望めます。
現在のJR隼人駅からこの神宮へ延びる参道(現在223号)は
霧島連山を望みながら直進します。

ご指摘のように古代は、多分鳥居のみだったのでしょう。
これは日南地方の神社です。
神殿は岩屋で、ここから拝みます。

http://hayato.com/

 

(無題)

 投稿者:みき  投稿日:2006年12月 6日(水)19時38分6秒
返信・引用
  参考にさせていただきます。

http://www.jccfh-translation.com/jp/index.html

 

卑弥呼の系譜

 投稿者:曲学の徒  投稿日:2006年10月28日(土)22時16分30秒
返信・引用
  卑弥呼の系譜なるものを作成しました。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/m-kat/nihon/7-1himikokeifu.htm
ご批判を。
 

邪馬台国は出雲を意味していた

 投稿者:みんなで古代史を考える会  投稿日:2006年10月26日(木)22時20分27秒
返信・引用
  邪馬台国や卑弥呼、日本国誕生等々、古代史の謎を追い求めていたら、邪馬台国は出雲を意味していることに行き着きました。
今年の夏には、卑弥呼の墓にもたどり着く事ができました。
みなさんは、どう思われますか。

http://kodaishi-21.hp.infoseek.co.jp

 

邪馬台国は出雲を意味していた

 投稿者:みんなで古代史を考える会  投稿日:2006年10月25日(水)23時25分44秒
返信・引用
  邪馬台国や卑弥呼、日本国誕生などわが国の古代史の謎を追い求めていたら、邪馬台国は出雲を意味していることが分かりました。
皆さんはどう思われますか。

http://kodaishi-21.hp.infoseek.co.jp/

 

hn2602さん

 投稿者:巫俊(ふしゅん)  投稿日:2006年 9月13日(水)09時00分12秒
返信・引用
  ブログ(巫氏春秋)は今も週に一回くらいのペースで続けてるんですが、
最初に置いた掲示板は猛烈なスパムで撤退しちゃいました。
今は中国史討論場という名前の掲示板を預かって管理してるんです。

古くは遅と夷通ずる
(『荘子注釈』)

という記事を見つけました。
古い時代は遅と夷が音通だったということのようです。

>倭イ

イイって読み下していたから、倭遅のことです。
見てるテキストの遅が旧字体だったんで、「遅い」という字だと言うことを忘れてました。失敬。
音通だから、倭遅はイイと訓読します。
 

巫俊さん

 投稿者:hn2602  投稿日:2006年 9月13日(水)00時22分44秒
返信・引用
  お久しぶりです。
ブログは猛烈なメール(スパム?)で、撤退されたようですね。

ところで「威夷」と「倭イ」の「イ」が、同義だとすると、一瞬私の考えた「周道倭遅」かなんかの「倭遅」と「倭イ」とは、まったく別な語彙なのですね?

あるいは、「イ族」(ロロ族)の「イ」という字でもないのですね?
白川静氏の『字通』あたりの記載されているようでしたら、その番号でもご教示願えればうれしいのですが。
 

倭イと威夷

 投稿者:巫俊(ふしゅん)  投稿日:2006年 9月12日(火)12時15分27秒
返信・引用
  先週、久しぶりに三輪山に参詣してきたんです。
三輪山の社殿あたりを眺めていて、近代製の荘厳とした社殿があるものですから、非常に古い起源をもつ神社というよりは、しっかりしたつくりの神社だな〜と感心していました。
太い注連縄とか幹が二またに分かれた大樹(巳の神をまつっている)とか、背景の三輪山本体もさることながら、近代社殿のスケールが大きいので、案外外国人受けしそうです。
山あり谷ありの地形に加えて、石垣つくりなので、どことなく信長時代の城に似てるような。

それで、ずっとまえにも話したことがあると思うんですが、
前3世紀以前に成立した中国の文献に『詩経』というものがあります。
ここに果てしなく遠いさまを形容して「倭イ」(イイと読む、威夷とも書く)という言葉が出てくるんです。
威夷というのは中国の辺境の異民族の名前っぽいんですが、形容詞だしすぐ倭国と関連付けるわけにもいきません。

そう思ってたんですけど、今日午前中に漢代につくられた語句事典の『爾雅』というものを見てました。
そしたらそこの「釈地」という地理関係の言葉を説明した項にこんなものが出てきます。

東 陵 迅. 南 陵 息 慎 . 西 陵 威 夷 . 中 陵 朱 滕 . 北 陵 西 楡 鴈 門 是 也 .

どういうことかというと、中国の著名な5つの墳丘墓の名前を挙げているんです。
しかもそれらの陵墓には異民族の名前が付けられているんですが、
訳するとこんな意味です。

東陵は迅(シンニョウではなくてコザト)という。
南陵は息慎(そくしん)という。
西陵は威夷という。
中陵は朱・滕という。
北陵は西楡(せいゆ、キヘンでなくてコザト)・鴈門(がんもん)という。

迅はよく分かんないんですけど、
息慎ってのは中国東北部の民族で、日本書記にも出てくる粛慎(みしはせ)のことです。
朱・滕というのは、山東省の地名で東夷のなまえ。
西楡・鴈門は中国の西北部の地名で、そこに住んでいる遊牧民の名前でもあります。

ということは、この威夷というのも異民族の名前らしい。
威夷という形容詞はしばしば倭イとも書かれるから、倭国の名前の起源と何か関係しているということになります。
起源といっても、漢代になってから中国人が「我れ」と自称する列島の住民を指して、倭人という漢字を採用し、その教養的意味として、詩経の威夷や倭イが頭のなかにあったんじゃないか、という二次的なものですけど。
 

お久しぶりです

 投稿者:巫俊(ふしゅん)  投稿日:2006年 9月12日(火)12時13分17秒
返信・引用
  なんか長文書き込もうとしたら、エラーが^^  

Re: おおnickさん、

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2006年 8月30日(水)10時47分13秒
返信・引用
  > 当方の寺社探訪にも掲載しています。

のちほど拝見させていただきます(^^ゞ

> 大隅の一宮はご承知のように「鹿児島神宮」ですが
> 続日本紀に登場する前は、この神宮の祈祷所があったようです。
> その後延喜式にも登場します。

なるほど、そういうつながりでしたか。
勘違いしていました(^^ゞ

> そちらで詳細に解説されている「三輪山」繋がりです。

三輪山ですか。

> ここにも「日の神」「月の神」があります。
> あるいは古来の隼人の神社かも?

加茂岩倉に行ったときも思ったのですが、遥拝する対象が神社の現在地以外にあって
古代の社というのはそれを仰ぎ見るだけの施設ではないのかなと思ったりもします。

この神社の場合、本殿・拝殿の背後の延長線上にそれらしきものはあるのでしょうか?

大神神社に対する三輪山のように。。。

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

Re: おおnickさん、

 投稿者:nick  投稿日:2006年 8月26日(土)19時32分31秒
返信・引用
  > 先ほどは貴重な情報のご教示ありがとうございました(^^ゞ

いえいえどう致しまして。

> 大穴持神社というのは下記アドレスの神社のことですね?

当方の寺社探訪にも掲載しています。

> 大隅の一宮なのでしょうか?

大隅の一宮はご承知のように「鹿児島神宮」ですが
続日本紀に登場する前は、この神宮の祈祷所があったようです。
その後延喜式にも登場します。

そちらで詳細に解説されている「三輪山」繋がりです。

ここにも「日の神」「月の神」があります。
あるいは古来の隼人の神社かも?

http://hayato.com/

 

おおnickさん、

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2006年 8月26日(土)18時37分9秒
返信・引用
  先ほどは貴重な情報のご教示ありがとうございました(^^ゞ

大穴持神社というのは下記アドレスの神社のことですね?

http://www.genbu.net/data/oosumi/oonamoti2_title.htm

大隅の一宮なのでしょうか?

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

大穴持神社

 投稿者:nick  投稿日:2006年 8月26日(土)18時21分33秒
返信・引用
  今日一ノ宮巡拝会の方がここにお見えになりました、
天海との繋がりを。。
私も涼しくなったら霧島神宮関連の権現を廻ろうと考えていますが。

http://hayato.com/

 

神武天皇聖寿の記紀比較

 投稿者:望月古亶  投稿日:2006年 7月16日(日)04時08分33秒
返信・引用
  1、神武天皇の聖寿について『古事記』と『日本書紀』の記載には十歳の差がある。これについて本居宣長の『古事記伝』には、紀に百二十七歳とあり、記と十歳の差があるが元より伝えの異なるものであり、また二十、三十とも一画のさで、常に誤る字でどちらが正しいか決められないといっている。

2、神武天皇の東征について『古事記』は次のように記す。

 筑紫の岡田宮に一年。
 安芸の多祁理宮に七年。
 吉備の高島宮に八年。
 その他おおむね一年。

 計十七年

 3、『日本書紀』は、次のように記す。

 甲寅の年十月東征。
 乙卯の年三月吉備国。
 戊午の年二月難波碕。
 己未の年二月層富県。
 庚申の年、天皇、正妃を立てむとす。

 計七年。

 辛酉の年即位。

 4、『古事記』の神武天皇聖寿百三十七歳は、百二十七歳に十年上乗せしたものであって、その逆ではない。つまり『日本書紀』の元の古典のほうが『古事記』より古いと考えられる。

http://www.geocities.jp/identaisi22000/

 

谷崎といえば

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2006年 7月10日(月)13時13分45秒
返信・引用
  『細雪』、大阪から播州というより、ズバリ『芦屋の言葉』のことでしょうね。

芦屋にも杵屋があります。遠縁の親戚がやってます。

私自身は芦屋の杵屋と交流がないのですが、聞いた話によると、芦屋のお店では谷崎と付き合いがあり、それにちなんで「細雪物語」というお菓子を創作しているそうです。

実は私もまだ食べたことはありません(^^ゞ

下記アドレスに芦屋の杵屋の情報

http://www.ashiya-net.or.jp/tokushu/sweets/kineya.html

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

大阪から播州の言葉が一番美しい

 投稿者:菊池元宏  投稿日:2006年 7月10日(月)12時48分26秒
返信・引用
  またまた遊びに参りましたが、
夏目漱石の江戸っ子べらんめい調も歯切れ良く爽快ですが、

谷崎潤一郎曰く
大阪から播州の言葉が全国で一番美しいと評しております。
特に女性の言葉は絶品だそうです。

大阪弁といえば谷崎潤一郎はこんな傑作も書いておられます。
http://wrs.search.yahoo.co.jp/S=2114736003/K=%E5%8D%8D/v=2/SID=w/l=WS1/R=1/IPC=jp/SHE=0/H=0/;_ylt=A8vY4RJazLFEIt4AeO.DTwx.;_ylu=X3oDMTB2cXVjNTM5BGNvbG8DdwRsA1dTMQRwb3MDMQRzZWMDc3IEdnRpZAM-/SIG=11psgijot/EXP=1152589274/*-http%3A//www.artport.co.jp/movie/manji/
 

UFOはない

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2006年 5月11日(木)12時03分20秒
返信・引用
  というより、「人間が想像しているような宇宙人がUFO騒ぎの主役ではない」ということでしょうね。

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

UFO

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2006年 5月11日(木)11時29分24秒
返信・引用
  まあ自然現象と公表しにくい軍事用の飛行物体が宇宙人の操るUFOだと思われているものの正体であると、英国の国防省は主張しているのでしょうね。

逆に怪しいと感じるのか、またなるほどと納得するか。

いずれも解釈の問題なのでしょうね。

ただ、公式に発表したということは、今まで科学的には説明のつきかねた現象のうち、かなりの現象を科学的根拠をもって説明することができた。という事実もまた認めなければならないでしょう

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

UFOはない?

 投稿者:大介  投稿日:2006年 5月11日(木)10時03分58秒
返信・引用
  宇宙人が関したUFOは無いと言うことは、我々人間が作り出したUFOはあるということかしらん?
それにしても、公に英国軍が否定すると言うことは、かえって、存在を感じてしまいます。
 

Re: 藤村や花袋・独歩は

 投稿者:菊池元宏  投稿日:2006年 5月 9日(火)09時11分10秒
返信・引用 編集済
  自然主義文学を貫いた花袋の「蒲団」の最後の一ページは大反響を及ばして自然主義文学の勝利を印象つけたようです。

妻のいる中年主人公が、自分の元を離れた年の離れた弟子の少女に対する占有感、愛情を棄てきれなかった。
こっそりと押入から取り出した少女のシャツの汗に塗れた襟に顔を埋めて匂いを嗅ぐシーンですが。

花袋の私小説ともいわれますが、禁断の愛情、露骨なありのままの描写が当時としてはショッキングだったようですね。(漱石には許せないものがあったとは思いますが)

その後、川端康成、横光利一等の作中人物を操り、作られた描写を重視する新感覚派の台頭によって、自然主義文学は下火となってしまいますが……。
 

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