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武蔵の生誕地

 投稿者:hn2602  投稿日:2005年12月 4日(日)13時47分4秒
返信・引用
  これについては、亡父の旧友である原田夢果史氏の著書『真説・宮本武蔵』を、著者から贈呈された父の同級生の産婦人科医から、譲り受けた時に、興味を持って少し、調べたことがあり、原田説がほぼ正しいと確信して以来、私は武蔵播州生誕地説を採っています。

原田氏は、旧小倉藩士の家系であり、小倉藩の筆頭家老家だった宮本伊織家の事蹟に詳しかったのです。
どちらにしろ、「宮本武蔵」の「家」の継承者である「小倉・宮本伊織家」の家系伝承を無視して、「宮本武蔵」の「先祖」や「生誕地」を語ること自体、ナンセンスだと思います。異説を唱える場合でも、「伊織家」がどういう理由で、どのようにその本来の家系を「歪めた」か、或いは「飾ったか」という視点は重要ですが、これを頭から「無視」するのは、間違いでしょう。
 

hnさん

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 4日(日)10時35分8秒
返信・引用
  以前お尋ねのあった宮本武蔵の生誕地についてですが、
今日の神戸新聞に記事が載っていましたので、内容部分
を省略して下記アドレスのブログに掲載しました。

お暇があればごらんください(^^ゞ

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

昨日は

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 3日(土)21時39分56秒
返信・引用
  プールで二時間も泳いだにもかかわらず酒を飲んで寝たのは2時
しかし8時には起きて9時には家を出て東京へ行き、本屋へ行ったり靖国神社へ行ったり、さらに北の丸公園まで足を伸ばし、皇居の前まで行って遙拝し、その後中野の方へ行ったりと、一日中歩き回っても全く疲れを感じません。しかも今日も飲んだくれています。金遣いも荒くなり、なんだかやばげです。

自覚があるからまだ本当の躁ではないですけどね。

本当の躁になったら会社の上司をしかり飛ばしたり社長に「この会社はなっとらーーーん」というメールを送ったりします。困ったものです。

明日はこの躁パワーを「出雲国譲りの真相」のマンガにつぎ込む所存であります。
 

なんかどうやら

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 3日(土)18時57分26秒
返信・引用
  躁に入ったみたいです(^^;

変な言動が増えるかもしれませんが、生暖かい目で見守ってください。
 
    (管理人) 「そうですか」(爆)




えっ面白くない?

失礼しました(^^ゞ

じゃあ。

「あれチャウチャウちゃう?」
「ちゃうわ、あれはチャウチャウちゃう」

こりゃまた失礼しました(^^ゞ

たとえ歴史上の人物であっても、ある特定の個人を馬鹿
にしていると受け取られかねないような言葉の使い方は
書いてある内容が「なるほど」とおもわせるような文章
でも、そのひらめきを損なわせることになるんじゃない
かと思っています(^^ゞ

まあ受け取り方は人それぞれですから、難しいところも
あります。

この和ませるつもりの駄洒落にしたってもしかして安部さん
に嫌な思いをさせるかもしれないので、
私も偉そうな事はいえませんが(^^ゞ

まあ、気をつけられる範囲で、ということでよろしくお願いします。
 

hn2602さん 

 投稿者:巫俊(ふしゅん)  投稿日:2005年12月 3日(土)18時07分58秒
返信・引用
  >ウラル・アルタイ・印欧3語族の関係についても、接触なのか、起源的に共通しているのか、おそらく決着はつかないのでしょうが、まあ、素人の気安さというか、破目を外した議論も、ある程度は、良いのではないでしょうか?(専門家というか、研究者はそうは行かないのでしょうが)

率直に言ってウラル語族になると、私の守備範囲を越えてます。
ウラルの専門の人は、、というより旧・ソ連圏にかつて栄えた遊牧文化を研究する人は、ロシア語が出来ないと厳しいように思えるからです。
考古学が最大の武器ですから、発掘報告が読めないようじゃ、大幅に後退してしまいますよね。

素人の気安さとか、私も英語も得意じゃないくせにアフリカが好きだ〜とか言ってるんで大歓迎ですが、何事も入門してみるものだと私は思ってます。
ウラルの専門家と私じゃ、顕微鏡と虫眼鏡くらいに見えてるものが異なり、だからこそ私には分からない(日本からみて)辺鄙なウラルの歴史に興奮することができるんだと思います。

そういうことですから、私からすると狄―丁零と何かしらの文化関係を感じるにはまだ時間がかかりそうです。
狄は牧畜の民に限らず、水居の民や狩猟の民を呼ぶ言葉でもあるのですから。(春秋・戦国時代)
春秋時代の城郭に住まない「山林藪沢の民」(のち山林藪沢の富は戦国国家の財政源になる)を、「狄」「戎」「夷」と、それぞれの春秋諸侯の立場で呼んだのです。

「中原夏華」に対する「北方遊牧民」を「戎狄」と呼ぶのはかなり戒められています。
『史記』は「山戎」と「北狄」を匈奴と同じもののように描いてますが、
「山戎」は山東半島から太行山脈にかけて、(左伝)
「北狄」は太行山脈の北側と、(左伝)
するのが今の説明でして、モンゴル高原の遊牧民が降下したという証拠がないのです。

むしろ周的な礼儀の外にいる民という感じで、戎だったら洛陽の近くに沢山いましたし。
そこで考古学が登場するわけです。それを今探してるところですよ。

>HLAハプロタイプ

『モンゴロイドの地球』のアフリカ人やネパール人といった拡散の図も、まだまだ精度が・・って感じなんですか。
学位は免疫関係の論文を提出なさったのですね。
免疫というと、「自己と他者」を分別する究極の番人という感じがありますね。
 

天主・上帝

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 3日(土)13時03分31秒
返信・引用
  なるほど、天主・上帝かぁ。

八百万神とか仏教の神とは別の文字を使い続けてほしかったですね。まあ結局意味がよく通じなくって一番意味が近いということでそうなったのかな。隠れキリシタンの出てくるドラマなんかを見ていると、「デウスさま」とか言ってるんでこの呼び方が時代考証的に正しいのなら、信仰者からみたら「神様とは違う」という印象が強かったんだろうけども、信仰者以外に説明しようとすると「神」にならざるを得なかったのかもしれませんね。

悪魔と妖怪。

水木しげる先生の漫画に外国の化け物や悪魔と日本の妖怪とが戦うのがありましたね。今年、映画でやってた「妖怪大戦争」っていうのはどういうストーリーなんだろう?

先日の広島で起こった小1女児の事件で、犯人は「悪魔が入ってきた」と言ってたそうです。こうきくと我々からは「何か精神障害の振りをして、責任逃れをしようとしているんじゃ」とか思っちゃいますが、日本語の慣用句でいうと「魔が差した」ってことなんでしょうね。

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

GODの訳

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 3日(土)08時06分7秒
返信・引用 編集済
  天主・上帝
がメジャーなところらしいです。

19世紀の中頃に今度はプロテスタント側が、漢訳聖書を作ろうとした際に、「神」という訳が出てきたらしい。

カトリックと同じ用語の使用を嫌ったのか、あるいはカトリックは知識人中心に布教したため、当時支那で理解されていたキリスト教は儒教や道教とごちゃ混ぜになっていたそうです。それを嫌ったのかもしれません。

しかし神主さんも同じことを言っている人がいますが、GODの訳に神は使わないで欲しかったです。キリスト教のためにも。キリスト教側は同じ用語を使えば馴染みやすいと思ったのかもしれないけれど、結局キリスト教の神道化を招いているわけで。「でうす」や「天主」の方が返って誤解が少ないです。

ちなみに「GOD」はアメリカ人が好んで使う言葉で、私がイギリスにいた時には聖歌や学校の先生の話で使われていた言葉は「LOAD」(封建君主の意味)いわゆる「主」でした。アメリカ人は封建的上下関係を信仰に持ち込むことを嫌ったのかもしれません。

カレン・アームストロングの「神の歴史」にありましたが、最初ゲルマン人はキリスト教を「戦いに勝たしてくれる強い神様」要は「南無八幡大菩薩!}と同じ感覚で受け入れたんだとか。カトリックというのは実はマリア信仰、聖人信仰(八百万の神です、いぼを治してくれる聖人までいるそうですから)ですし、清教徒なるものが現れるまでキリスト教も多神教とあんまり変わらなかったみたいですね。

余談
「光仁天皇」が入っていないのに「上帝」が入っているATOKというのは日本の辞書として一体いかがなものか。どういう人物が作ったんだ全く。

余談2
山本七平さんと民俗学者がどこかの学園祭で面白い対談をしたことがあるそうです。山本さんが西洋の悪魔の役をやって、民俗学者が日本の妖怪や幽霊の役になり、「悪魔と妖怪の相互理解は可能か!」を議論したそうです。結論は日本人には西洋の悪魔が分からない、悪魔には日本の幽霊は理解できないということになったそうですが、記録が残っていたら読んでみたいですね。
 

天保

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 3日(土)00時55分3秒
返信・引用 編集済
  日本の学者が自分の国の伝承に目を向け始めたのが大正くらいで、その当時の古老が覚えている話というのがじいさんばあさんが元気だった天保の頃が日本の近代的な学問がたどることができる一番古い記憶なんだとか。天明ともなるとじいさんのじいさんの時代なのでちょっと怪しい。

ずっと昔からと思っているような風習も、案外天保の頃にあったルネッサンス(日本再発見!みたいなムーブメントがあったらしい)に作られた伝統だったりするらしい。

今神社であげられている祝詞も、明治に国家神道に教えてもらったり、天保の頃にでっち上げられたものかもしれないです。
 

Re: >罰を与える事ができる神さまなんだから最高の神様である

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 3日(土)00時21分46秒
返信・引用
  > そりゃ、まさしくモーセが発見したヤハウェの神やないですか。

おおっそうなんですか。そっち方面まるで知識がないもので。

これって究極の怨霊思想ですよね。罰があたる前から罰を当てないでください。といってるようなものですよね。

考えようによっては、そういう迷信的なものそして怨霊的なものの無力化を目指した信仰でもあるんですよね。仏教史と違って見過ごされがちの幕末新宗教ですが、世の中の庶民に影響を与えたという面ではこの時代の仏教よりも強烈なものがあったのかもしれませんね。

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/ryokoukiawaji.shtml

 

私も岡山県は倉敷の生まれですが

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 3日(土)00時04分40秒
返信・引用 編集済
  岡山県の人はおそらく唯一京都に特別なコンプレックスを抱いていない土地ではなかろうかと私は勝手に思っています。


吉備津彦も岡山に関係があるけれど、日本武尊も母親が吉備です。
あと有名どころでは吉備真備、和気清麻呂、法然、栄西、池田輝政(栄西から300年飛ぶのか)、犬養毅、大原宗一郎、片山哲、土光敏夫、ですか偏屈が多いですな(笑)

岡山からは宗教家がよく出るというのは、岡山では前からよく言われる話ですね。
 

>罰を与える事ができる神さまなんだから最高の神様である

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 3日(土)00時00分18秒
返信・引用
  そりゃ、まさしくモーセが発見したヤハウェの神やないですか。  

Re: 江戸時代の知識人達が

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 2日(金)23時56分11秒
返信・引用
  > それに幕末は尊王思想だけではなく、金光教、天理教などの新興宗教が乱立しました。

おおっそうだったそうだった。

もしかして「現人神」の元祖って金光教や黒住教じゃなのかな。

金光さまは「丑寅の金神」というそれまでの「災厄神」を発想の転換から「罰を与える事ができる神さまなんだから最高の神様である」ということから「根本の神」として崇めるというやり方で、八百万の神々から見放されたというような絶望的な状況をひっくり返す神として流行した。

黒住さまといえば、「天照大神」と一体となれる。という考えようによっては恐れ多いようなことをやり遂げた。天照大神の「太陽神」の部分に光を当て「お天道様」という親しみやすい身近な神はみんなのそばにいるのだよ。ということで流行する。

これら二者は「現人神」というか自らを神の分身としている。

天理・大本は金光教の神である金神からの派生。

幕末の信仰の爆発は黒住・金光から始まったのだ。

この二つは何故かはわからないが「岡山発」の宗教だ。

岡山といえば。。。。。

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/ryokoukiawaji.shtml

 

あや、余計な手間をおかけしてしまいました

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 2日(金)23時48分39秒
返信・引用 編集済
  いわれてみれば、なるほど、そうかも

ただここは
>自分の頭だけで決断を発せられる有能な人より
という面もありますが、大正天皇のようなタイプの人が持つ直感的人物鑑定眼、と言うのも頭にありました(酔っているのでうまい言葉が出てこない、すみません)。

でも大正天皇みたいな人は、ウマが合う佞臣に取り込まれてしまったら一巻の終わりでしょうね、


あれ、でももしかして宮中は本当にロトさんが隠してくれた箇所を気にしているのかな、まさか(^^;あれはもしかして地雷だった?

大正天皇もあれも、近代の宮中が置き忘れてきた暗部ですよね。孝明天皇を加えてもいいかもしれません。しかし孝明天皇に一番忠実であった中川宮の子孫が繁栄し、大国主命に命を救われて近代の天皇ではみそっかす扱いの大正天皇が男子を4人も作り、皇室も裏目が多いですな。

でも大正天皇と孝明天皇の生涯は平安時代だったら絶対に怨霊のネタにされますよ(^^;
 

Re: 怨霊史観的に言えば

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 2日(金)23時25分15秒
返信・引用
  以下の引用文は安部さんの投稿を改造したものです。

読みようによってはとんでもない事になりかねないので(大袈裟?)、あえて無断で改変しました。

> 皇室の男子不足は誰かの呪いと言うことになると思います(笑)

> 平安時代だったら、ここらで怨霊化したと思われる人の墓所に勅使が飛んでいるところでしょうね。

> しかし大正天皇が神前結婚式第一号とは知りませんでした。
> 大正天皇は脳炎を発症した後、障害をもつことになりましたが、自分の頭だけで決断を発せられる有能な人より(要するに昭和天皇のことですが)、結果的その事つまり最終決定者が決定できない状況が結果的に大正の御世がうまく動いていたような気がしないでもないです。昭和天皇は確かに有能な方でした。しかし真面目すぎて道を誤ったような、つまり「正しく間違える」タイプの人だったような気がする。大正天皇のような人の方が良かったのではなかろうかと思うのですね、あの時代は。

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/ryokoukiawaji.shtml

 

そこで

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 2日(金)23時21分43秒
返信・引用
  ロトさん得意の平田篤胤ではないかと。

山本七平さんは本居宣長の解説までは書いてくれたのですが、篤胤にたどり着く前になくなってしまったので、ロトさんが疑問に感じておられるあたりのことが私も分からないんです。
 

Re: 江戸時代の知識人達が

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 2日(金)23時09分50秒
返信・引用
  > 漢訳のキリスト教聖典を読んでいたのは確認されています。

こういう安部さんの情報は誤情報が少ないので、この事に対して疑いを持っているわけではないんです。

「現人神」という言葉を作った人たちが幕末までにいた。ここまでは納得しています。

ただこの言葉はキリスト教的な神概念と日本の神概念を合わせてしまおうという意図があって作られたわけではないのではないか?

ということです。「現人神」という言葉が作られた当初は純粋に「大君は神にしませば」の意であり、その言霊が載るはずだった。というか載せていた。

しかし明治の帝国政府が曲げて解釈して、それが定着してしまった。ここで言霊の載せ換えが行われたのではないかな?と私には思えてしようがないのです。

> 明末清初にかけて、イエズス会神父が宮廷で活躍し、その時に多数のキリスト教教典が漢訳されました。

以前、安部さんは「GOD」を「神」と翻訳したのが間違いだ。と主張されていましたが、この漢訳時点で「GOD」には「神」の字があてられていたのでしょうか?

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/ryokoukiawaji.shtml

 

江戸時代の知識人達が

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 2日(金)22時55分39秒
返信・引用 編集済
  漢訳のキリスト教聖典を読んでいたのは確認されています。

明末清初にかけて、イエズス会神父が宮廷で活躍し、その時に多数のキリスト教教典が漢訳されました。

それに幕末は尊王思想だけではなく、金光教、天理教などの新興宗教が乱立しました。
古くからの神様が力を失っていたのだと思います。そのことが廃仏毀釈の呼び水ともなっているのでしょう。庶民にとっては明治維新は「新しくて強い神様の誕生!」と写ったのかもしれないですね。今までの神様は物足りないけれど、天理などはなんだか胡散臭いさてどうしよう、と悩んでいたところに御一新。みんなが天皇陛下に飛びついた。おかげ参りやええじゃないかもあったことだし。その熱狂の行き着く先が大東亜戦争だった。
 

Re: そうだと思います

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 2日(金)22時40分32秒
返信・引用
  > しかしそれほどキリスト教の神を意識していたと言うことは、
>江戸時代の知識人はキリスト教のことをよく知っていたと言うことでしょうね。

私としては、「江戸時代の時点の現人神」と「明治以降の現人神」の間にも差があるんじゃないかと思います。だから江戸時代の知識人がその時点でヨーロッパ的な神概念を持っていたかどうかは、疑問に思います。

以前、安部さんと神概念の変化について話したことがありますが、その時にアマテラスに代表されるような祖先神の悪い部分が剥ぎ取られていって剥ぎ取られたモノが悪霊や怨霊そして妖怪になったんじゃないかと考えた事がありますよね?

その結果、江戸末期の神概念からは負の要素がかなり希薄なものにはなっていた。半分がなくなると全体的にも希薄になるわけで、希薄になると正直なところ神への畏れや憧憬、魅力も半減する。

そのマイナス部分をなくすために新たな神の概念が必要になっていた。で、強烈な神概念であるヨーロッパ的、キリスト教的な神の影響を受け入れざるを得なかったのではないかと思います。

影響を受けたのが半面だけだったのは、それだけ日本の神概念というものが形式的にははっきりしていたおかげだと思います。この場合の形式というのはもちろん、天皇は神の子孫であり、日本国民の先祖もまた神であるという、キリスト教世界では、おそらく理解できないであろう確固とした日本人の神概念や信念があったからだとも思います。

「神前結婚式」というのはそもそも日本古来の結婚式のスタイルではなく、キリスト教の結婚式をコピーして発案されたということです。日本の場合はそれぞれに「信仰する神」「産土神」というものがあったので、それに誓いを立てようという認識があったのでしょう。

こういった面にも日本人の神や信仰に対する悪く言えばいい加減さ、よく言えば鷹揚さが表れているのでしょう。

ちなみに日本国初の神前結婚式を挙げたのは大正天皇です。

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/ryokoukiawaji.shtml

 

そうだと思います

 投稿者:安部奈亮  投稿日:2005年12月 2日(金)21時57分0秒
返信・引用
  しかしそれほどキリスト教の神を意識していたと言うことは、江戸時代の知識人はキリスト教のことをよく知っていたと言うことでしょうね。

漢訳であれば、キリスト教の書籍を輸入しても問題にはならなかったらしいです。というか取り締まれなかったのだと思います。キリスト教の本は江戸時代の知識人の間でアングラ書籍として広まっていたみたいです。
 

神代の神

 投稿者:勇者ロト  投稿日:2005年12月 2日(金)13時30分42秒
返信・引用
  「現人神」という用語は幕末以降の尊皇思想によって作られたものなのですね。

用語はともかく、

大君は神にしませば赤駒のはらばう田井を京師となしつ

と大伴のだれかが詠み、歌聖・柿本人麿も

大君は神にしませば天雲の雷のうえにいおりせるかも

と、詠んだように天皇(=大王)は「神」である、また「神」に等しいという観念は、遥か昔からあったことは間違いないでしょう。

しかし、これらの「神」と現在認識されている「現人神」の中の「神」はぜんぜん違うものだったということでしょう。

「現人神」という造語ができた時点と、それを喧伝した明治から戦後でもその意味は違うのでしょうね。

最初に「現人神」と言い出したときはおそらく上の歌から引っ張りだした。この時点ではまだ「神」というのは神代の神であるアマテラス、スサノヲや大国主という嫉妬心もあれば浮気心もあり、愛情もあれば怒りもあり、だらしないところも毅然としたところも併せ持つという「正負が不可分な神」でこれこそ「日本人の神」だった。

明治になり、「現人神」という言葉が独り歩きしだした。

ヨーロッパ文明を取り入れることになり、「神」という言葉の意味にヨーロッパ的な「全知全能」「不可侵」という要素が付加された。そしてその要素を天皇という「現人神」に投影した。

ここですっかり「現人神」の概念は入れ替わってしまった。

ということなのかな?

http://purple.ap.teacup.com/azisuki/

 

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