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> No.499[元記事へ]
久保 公さんへのお返事です。
貴殿の説に殆ど問題無い。追加しておこう。
倭建天皇(天武)の子倭稚建天皇(文武・高市皇子)が、藤原京を創建した際に創作した神話なのである。事実に時間帯を無視して実際に有った事をギリシャ神話に重ねたのである。
天武の命名は、武略に優れたことから。文武は、文化的に優れた事から付された。
スサノヲもスサ(ペルシャ)の王から取られたものであり天武の宮が、ペルシャ的に造営された事による。
因みに天香具山の名称は、藤原京の為に移転して来たもので元来天指山と言い雨乞い神事が行われたので有り名称を利用して三山に加え利用したのである。
矢の具足の具では無く・・天神に鹿の焼蕃の香りを具えた・・捧げた山の意味に使われたのである。
最後の出雲王邇波荒脛巾の子縣君塩古が、養蚕をした山でもある。(使用厳重禁止)
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