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> No.499[元記事へ]
久保 公さんへのお返事です。
御苦労様です。大変な努力でしたね。三輪山は、御嶽を行う地神を祭る場所です。
三王朝時代に出雲・大倭・小治王朝が、各1箇所ずつの場所で男子禁制で行いました。
所謂蘇我入鹿(鞍作毛人)の子所謂太田田根子(鞍作田根子)が任され所謂天智天皇(倭智)に対する民衆の反抗を抑えました。
鞍作毛人が擁立した所謂古人大兄(倭建天皇で、所謂天武天皇・須佐之男)は即位直前に韓人の百済豊(所謂中臣鎌足)に鞍作毛人が、暗殺され即位中止。(小綱町入鹿神社)
扶余依羅(倭旨。東海、伊勢・・イヒヤ湾・橋島上陸。王垣整列・・ヤムトェ国討伐。)-仁-讃-隋(平西将軍・神功)-済-興-明(百済王子誘致・用明)-峻(崇峻)-聖(聖徳)-建天皇(天武)-稚建(文武)天皇(藤原京)-長屋親王。
所謂天武天皇は、壬申の乱で勝利し三輪山の祭事を鞍作毛人の長子宗形鳥麻呂に宗形で行わせます。
三輪山の神話は、卑弥呼の円墳に海人が方墳を接続して、弥生人との間に橋を掛けて卑弥呼の後裔を自称した事を示すものです。(箸墓=橋墓。橋伝承。)
海人はスキタイの墳墓崇拝を継承し九州の朝倉地方に王朝を遷都させる際に宇佐神宮の前の亀山に卑弥呼の遺物を改葬したのですが、百済王子を大倭王朝の王に迎えた・・つまり
東遷した際に遺物の大倭へ戻す事を中止させ無駄に貢ぎを使わず倹約した事を象徴している訳です。
百済毘有-倭武(王君。統一王朝の大王。応神)-倭幼武(欽明)-敏(敏達)-舒(下宮家・舒明。聖徳毒殺)-智(天智)
尚、大神神社に限らず真実の歴史は・・・庶民が知らないだけです。
エホバですか・・ヤハウエが正解で、民謡のヤァがそれです。日本式は、八幡神が正解ですね。(完全使用禁止)
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